12/02:聖者になれないけれど

 今回は少しイレギュラーに私の主人のエピソードを載せようと思う。

 自販機でおつりを取ってポケットに詰め込んだ。車を停めたいつもトイレ休憩による公園のベンチで、一人の老人から話しかけられた。
「・・・すみませんが・・火をかしていただけないでしょうか。」
いきなりでおどろいた。こんなにも丁寧にものを頼まれたのはいつ以来だろう・・・。
ポケットからライターを拾いだして、彼の口元へ。そこには、この公園で拾ったのか元の半分くらいで先のつぶれて黒く擦り切れたタバコがくわえられていた。フィルターの根元になるまで何度も何度も吸われる捨てられていたマイルドセブンと、その老人の姿が重なった・・・。

 小学校2年生ぐらいだったろうか。D君と僕は自転車を停めていたジュースの自動販売機前で老人に話しかけられた。「・・・・おじちゃん、ごっつい腹減ってるんや。ボクらおじちゃんにコーヒーおごってくれへんか。」ポケットに手を入れてボクは返事に困っていた。最近自動販売機のジュースは10円値上がりして110円出さないと買えないんだ。さっきお母さんからもらった一日のお小遣い100円では足りない。D君はあと10円もってるのかなぁ・・・「いやや!」D君は老人にきっぱりと言い張った。とても強い声にボクはただ驚いていた。老人は少しわらって「・・・いやかぁ」。僕らはその場を後にした。

 12月のサンタなら、ダライラマなら、イエスキリストなら・・・どうするの。
「おいちゃん・・・ライター買いよ」といって僕はポケットから拾った500と書かれた銀色の丸い石をその老人に渡してその場を後にした。12月には珍しい暖かい晴れた日でした。

 上記は彼の文章だ。さて、彼は偽善者か。それとも聖者にはなれない善人か。少なくともそんな行動は取れないであろう私にはそれを議論する資格すらない。「人生は最大の暇つぶし」と言ったのは誰だったか。その対象は我々を視ていらっしゃるであろう神か、それとも試されている人か。彼が出あった男性は明日もその公園でタバコを吸っているだろうか。願わくば、これからも今日と同じように日々が巡っていきますように。
WrittenBy: 野出侑良

10/05:ドアを開けた先の光とただいまに応えてくれる声

幸せとはとても愛おしく、そして恐ろしいものだ。

 とある人が私に言った。
「ペシミズムが好きだよね」と。
私が驚いてそんなことはないよと言うと、きょとんとした顔で、
「なら、周りに愛してくれる人がいて、助けてくれる人もいて恵まれているのになぜそんなに悲観的なの」と言う。
 驚いた。そんな風には考えたことがない。確かに独りで何でも出来るようにならなければと考えることはある。
と言っても私は人よりも要領が悪くて不器用で人より何をするにも時間がかかる。周りから見れば皆が泳いでいる川で既に溺れているように見えただろうか。それとも泳がなければならない場所を、無意識に楽な浅瀬を選んで歩んでいるように見えただろうか。
 少し考えてみた。私はそんなに後ろ向きな考えを持っているのか。


 彼女が言うことは正しいのかもしれない。しかし好きと言うよりは一言で言えば怖いのだ。
 人はいつかいなくなる。次に私の前からいなくなるのが私ではない以上、それが起こっても私自身は生きて進んでいかなければならない。そう考えると、自分で何でも出来るようになっておかなければならないと思うのだ。少しでもその人が居ない現実に慣れる時間が早く来るように。少しでも早くその人の思い出を笑って話せることができるように。
 
 とってもとっても大切な幸せを今日もかみしめて眠ろう。神様、いらっしゃるならどうか今日と同じ明日を私に下さい。


WrittenBy: 野出侑良

08/30:10年

 子どもの頃から喘息を患う私は、健康という言葉とは無縁の惰弱な体しか持ち合わせていない。大人になってからはそこに〈無駄に神経質〉という病も加わり、更に増してからだが野心に引き合わなくなった。
 私の同居人は10歳年下で、やたら健康で、体力がある。自分の10年前を思い起こすと、それでもやはり今よりは体力があった。朝6時に起きて京都市内を巡り歩く営業職をこなして契約を取り付け、夕方からは祇園のバイトに週4日出た。つまり、丸一日誰かと話していた。未熟な話術で人を惹きつけることが当時の私の仕事だった。更には店が退けてから朝までデートをして、そのまま仕事に行くこともできた。果たすべき目的の無いままに無駄な体力を浪費していたあの頃、私は幼く、荒く、無謀で、情熱家で、了見が狭く、野心家で、そして何より若かった。でも、何の志も無かった。
 あの頃は「物を書く」なんて思いもせずに、毎日毎日他人の思惑を推し量りながら喋っていた。一日何文字話していたのだろう。結構な枚数になると思うが、そこに〈自分の言葉〉が無かったのは確かだ。23歳はダイヤやカルティエが似合うような年では無かったのに、既にそれを手にしていた。エスコートされて訪れる高価な料亭の個室は淫靡な思惑に充ちていて、油断のならない場所だった。
 あれから10年経った。今はそんなものを全て削ぎ捨てて、10歳年下の同居人と共に、文学と研究と会話で空腹を充たして暮らしている。これって一種の解脱のようなものじゃないのと自分で自分が不思議になる。10年前の未来予想図には何ひとつ重ならないこの現状は、しかし私を確実に私として生かしてくれている。
 次の10年で私は何を失い、何を得るのだろう。
WrittenBy: 櫻井香萌

07/13:リセット

 過去の日記を、全部捨ててしまった。日記を書きはじめたのは1999年7月14日だったから、ほぼ10年日記をつけていたことになる。日記を書いたノートは15冊あった。どうしてそんなにも大量の自己資料を一気に捨ててしまう気になったのかうまく説明ができないのだけれど、ふと「もういいや」と思ったから、あっさりと、そうした。
 捨てたのは日記だけじゃなく、使い込んだカバンやアクセサリー、何度も読んだ小説や着慣れた衣類なんかも一緒にサヨナラ。旅行先で求めたちいさな記念品のような自分へのおみやげや、思いでの写真も10年間分、一斉にサヨナラ。
 15冊分の日記をざっと読み直していると、自己愛ではないのだけれど、胸が痛かった。何かが足りない、もしくは何かが過剰だ、と自己認識しながらも、自分じゃそれをどうしようもなくって苛立つわたしがそこにいた。
 けれど、その葛藤が比較的緩やかになってきたのは、わたしが大学院に入学し、現在師事する先生や、野出侑良さんにであってecritを立ち上げることを考えはじめたころだと気づく。エッセイ「しあわせ」は、先生との会話が元になっているのだけれど、先生はわたしに一言では言いがたい程の〈意味〉を与えてくれた人だと思う(たぶん先生にはそんな気はなかったと思うけれど)。先生と野出侑良さん、このお二人に逢えたいま、過去の10年間にこだわり、それに固執する必要ももう無くなった。わたしはいま、ただ前を見つめて、ゆるやかにここにいる。
 
WrittenBy: 櫻井香萌

12/06:しあわせ

 「待っていることが君にとってしあわせならいまはそれでもいい。いまはね。でもそれが未来のしあわせにつながっていくとはとうてい思わないよ」
ひと呼吸おいて彼は言った。「本当、しあわせになってよ」 
 まるで今日はいい天気だね、と言うみたいにさりげなく。ひゅるりと過ぎる風のように吹き抜けることばに、耳の奥がさわさわとゆれる。この五年、〈生きる意味〉を探すことにばかり必死で、〈しあわせになる〉ということばそのものがわたしの中から消えていたことにその時はじめて気付く。発想にさえないことを〈ねがう〉ことなんてできないから、わたしは「しあわせになりたい」と思うこともないまま、でも芯の部分がぼんやりとした〈自分〉にだけはいやというほど自覚があったので、その〈ぼんやり〉を埋め合わせたくてあくせくしていた。それは、他人から指摘されてはじめてそうだったと知るぐらいに徹底した孤独の日々でもあった。
 いまからでもまだ間に合うのかな、とちらりと思う。そんな風に思うことが自分に許されるのかしらと途方に暮れる。京都タワーと満月が重なる霜月の夜は、のほほんとかなしい。ふらりふらりと歩く彼の背中を見ていたら、不意に肩の力が抜けた。
 ひさしぶりに泣いてみたくなった。
WrittenBy: 櫻井香萌
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