08/31:すこしずつ―Djangoについて

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 ecritには何度か紹介し、短編「あるかなきかの」にもお名前をお借りした奈良のセレクトレコードショップ、Djangoについて、お伝えしたいことがあります。実は、店長の松田太郎さんから、経営が大変苦しく、閉店やむを得ずという窮状にある、と先日メールでお教えいただきました。奈良はHMVが閉店するなど、巨大資本でさえ苦しい音楽業界だそうですが(どの業界もおなじことかも知れませんが)、Djangoさんは20年の歴史の中で、お店を一度閉店しながらもまた再起し、今日に至られました。
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 ジャック・デュミの映画「ロシュフォールの恋人たち」に登場するカフェを模したお店にこめられた音楽への想いに、胸を打たれた方も多いのではないでしょうか。取引先の状況や細かいことはわたしの口から申し上げることはできませんが、フランチャイズが跋扈し、どこの地方都市も同じような顔をしているのを見ても、地域の小規模個人経営店を消費者(愛好者)で守らなければならないとわたしは思います。
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 Djangoのあるちいさな通りは通称Django通りと呼ばれるほど地域に根付いており、また名物店でもあります。もし、この記事を読んで下さった方が、Djangoさんのお店にお運びくださり、せめて12月まで、そして月に1枚ずつでもCDをお求めくだされば、なんとか現在の窮状を好転すさせることができるのではないかと思います。
 ほんのちいさなことですが、ちいさなことが積もり積もれば、ひとつの文化を守ることにもつながります。賛否両論あるかもしれませんが、現在古本屋に本を売り、質屋にブランド品を売る極貧生活者・櫻井も、及ばずながら月に2枚のCD購入をし、なんとかDjangoさんの経営が上向きになりますよう、念じながらお手伝いしたいと存じます。

 奈良を愛する方、Djangoを愛する方、またはこの記事を読んで下さった方で、もしお気持ちがあれば、Djangoにお運びいただくか、もしくはDjango Blogからお好みのCDを取り寄せ、予約などで購入していただければうれしいです。どのようなCDでも取り寄せ、通販可能です。ブログに紹介されていないCDでも、他店で購入するならぜひDjangoで!どうぞせめて、年末まででもごひいきに。
なにとぞよろしくおねがいいたします。
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Django 奈良市餅飯殿町36
14時~20時半 木曜定休
TEL 0742-22-3249
 
WrittenBy: 櫻井香萌

07/19:奈良日和〈4〉

 昼前に急用が生まれ奈良へ。2時前に奈良に着き、フロレスタのドーナツを食べながらならまちへ。もちいどの夢キューブの前を通りかかると、あ…村瀬さん!


 奈良Tシャツをプロダクトしている和流SO―創―のショップスタッフさんです。去年の春、はじめてお店にうかがったときにいろいろお話してくださり、そのご縁でリンクを張らせていただきました。メール交換は頻繁にしていましたが、直接お会いするのは1年ぶり。会いたかったです~♪
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 いつも笑顔がすてきな村瀬さん。スタッフブログの文章もとてもほんわかしていてお人柄があらわれてます。やっぱ「鹿」ですよね。


 2時過ぎに通りかかった時、Djangoはまだ閉まっていた。フレックス営業のDjango。しかし何か頭の片隅にぴぴぴ…と引っかかるのだが、ハテ…。帰宅したら、パソコンに店長からメールが来ていた。うーん、通じ合ってるのかしら?


 よつばカフェの「カルピス祭り」に行きました。今年で6回目になるこのイベント。カルピスのお誕生日である7月7日(1919年)から2週間、カルピスにまつわる本やグッズをそろえて、メニューもカルピススペシャルに力を注いでいます。お手製のよつば文庫製小冊子『カルピス』をいただき、カルピスとマーブルチーズケーキを。隊長はレモンのカルピスをいただきました。添えられたよつばのクッキーがをとめ心をシゲキします。店内には水玉もようの小物がたくさん。す、すてき…。
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 オーナーの松本さんともごあいさつさせていただきました。背後に隊長の「療養中なのになんであんたは営業してるんだ」というオーラを感じながらでしたが。根がワーカホリックですもの、仕方がないの…。7月初めから「カルピス祭りに行く!」「このスケジュールでいついくねん!療養せえ!」「きーっ!いやや!行きたい!」というアホな争いを毎晩繰り広げていたので、余はだいまんぞくぢや。
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 食餌制限しているので市販のあまいものを食すことができず。ちちろに電話してまめすずさんのケーキ在庫をたずね、訪問。まめすずさんのお手製ジンジャエールを頂きながら2時間近く食談笑。長々とおじゃましました。ブルーベリーのタルトとすもものタルト、バナナブレッドをテイクアウトしました。今宵隊長は吉野に帰郷し、不在。隊長がいない夜の、ないしょのおやつなのです。くふふふ。


 ならまちを歩く夏の盛りの午後。蝉の声が一瞬途絶え、あたり一面水を張った器のようにしん…と静まっている中を歩きました。夏の日差しに日傘が揺れて、飛火野のあたりにはおおきな入道雲が生い盛っていました。一瞬、夏の魔が通るのか、それとも…。あの夏の午後の静けさを聖と魔の交錯時間のように感じるのは、わたしだけでしょうか。


みどりもゆひかりうなばらなぎしずむ しろきレエスのかさごしのこい
                                       さくらい かほ
WrittenBy: 櫻井香萌

06/02:奈良とロスジェネ

 最近の若い人には〈自分〉がない。どうしてもっと〈自分〉の存在を世に問うような仕事をしたり、政治活動を行ったりしないのか、とアラウンド65の男性がいつもぼやいていた。全共闘のど真ん中にいた彼には「西暦2008年時点で50歳以下」の人間が理解出来ない。ヘルメット被って角材持って大学を封鎖して暴れ倒しても、結局は長い髪を切って就職して、金ツマやってバブルに踊って、熟年離婚して老々介護している世代の青春が「壮大なる甘え」としか理解できないわたしとはポジとネガだ。アラウンド65は、集団で何かを糾弾したり吊し上げたりデモったりするのが〈倫理〉だと思っている。でも、そういうやり方はあまりうまいやり方じゃないよね、とわたしは思っている。アラウンド65の世代はまじめだなあとさえ思っている。


 自称厭世家のアラウンド65は癌になったが、手術の施しようがなく、共生する他ない状態だった。そう解った時、風でも吹いているが如くに「もう十分生きたから、薬まみれで長生きしたくなんかないんだよ」と言った。おお、かっこいい、と思い、そういうものか、と感心した。しかし実際は、西の薬剤、東の漢方と万策巡らせ癌拡大の遅延を計っていたことを後から知った。なんだ、やっぱり死にたくないんじゃん、と思い、そうか、そういうものか、とやはり感心した。百万行の教典よりも、一億文字の哲学書よりも、ああした人間のナマな姿が、人間について何かを示すことがある。わたしは何事も見逃すまいと、ただじっとそうした人間のさまを凝視した。


 なぜ奈良に行くのか、とふと考える。わたしの好きな店やecritにリンクを張ってくれた店のオーナー、作家、主宰者は、だいたいロスジェネの世代である。前後5年を同世代と認定していいなら、みんな〈同世代〉だ。超就職氷河期のこの世代は、全共闘世代が結局は〈会社人〉に帰結して行ったのとは異なり、自分の、自分にしか出来ない仕事を、自分で造り上げてきた。
 

 「自分が興味を持ったこと、それを知りたい!追求したい!って気持ちだけでここまで来ました」というマフィン作家のnoriさん。「あんまり手を広げて自分の仕事の範囲を逸脱したくないから、この規模がちょうどいい」というまめすずさん。アルバイトをしながら自分の夢の結晶のようなレコード店を経営するDjangoのオーナー松田さん。「お酒が好きって気持ちだけで店、持ちました」とケロリと言ったapa apa cafeのオーナー金城さん。東京から奈良に引っ越し、手作りカフェを手作り中のパビリオンブックスさん。町家に一切手を加えずにカフェにしたよつばカフェさん。
 

 みんな、自分をしっかりと持って、自分で自分の仕事を創っている。これって全共闘世代が夢見た生き方のひとつじゃないの、とわたしは人ごとながら誇らしい。当然伴うであろうリスクと孤独をガッツリ引き受けながらも黙々と〈自分〉を貫く媚びない強さに、わたしは惹かれる。みんなカッコいい。アラウンド65は、こうした〈世界〉を知らずに自分の周囲だけを〈世界〉として世を断じるから、こうした齟齬に陥るのだろうか。


 大学に5年行って、保険会社の営業と百貨店のショップ店員と祇園のホステスと国内留学的結婚と公務員を経て、現在研究者を目指すわたしの人生も一種特殊なものだけど、その特殊さは、いまだ実を結んでいないために、〈意味のある特殊〉なのか〈ただの変わり者〉なのかの決着がまだ付いていない。
 わたしの人生はまだ揺れに揺れて明日をも知れない。だから、心がしおれそうになったり、軟弱になってしまった時は、奈良にゆく。黙々と自分の人生を自力で切り拓いて行く、奈良の同世代のアーティストから力を貰うために、奈良にゆくのだと思う。京都の若手とはまたひと味違う、地味ながら滋味のある彼らの仕事に、わたしは明日を生きるための力をもらうのだと思う。
WrittenBy: 櫻井香萌

05/25:奈良日和-3-

 10時半に奈良着。長年懇意にしている四柱推命・風水師・坂口翠皐さんを訪ねる。宿曜の命盤を観て色々な命式を勘案して答えを導き出すのを見て、桐壺帝が光源氏の将来を「宿曜のかしこき道の人に勘へさせたまふ」(桐壺巻)たのは、こんな感じなのだろうかと空想。
 彼とのことは「櫻井さんは世俗担当やな。彼氏さんは世俗との関わりがない所で自分の道だけ極める人やから」って、仙人か。「生まれながらのおおらかなおぼっちゃま」である彼と、世俗と闘い、逆境をなぎ倒す馬力のあるわたしの組み合わせとか。なにそれ。でも当たってる。
 

 かねてより食したいと願っていた3rd plece cafeのマフィンをゲット。キャラメルナッツとベリーをテイクアウト。オーナーでありフードライターでもある中西さんとお話させていただく。中西さんのマフィンへの熱い思い、後ほど奈良公園でおいしく頂きました。
 元々中西さんのブログのファンだったので、いろんな意味でとってもうれしかった。中西さんのブログ「あなたの三番目」は本日リンクを張らせていただきましたので、ぜひごらんください。
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 おさななじみが「子どもがアレルギーが酷くって、ケーキを食べさせたことがない」という。まだちいさいそらちゃん、2歳。食べられるものが物凄く限定されていてとても苦労していると言うので、パティシエ「まめすず」さんを紹介する。まめすずさんは古書喫茶ちちろに商品を卸しているので、ちちろでまめすずさんと友人でアレルギー対談。まめすずさんのケーキは素材を徹底厳選していて素朴でおいしい。きんつばがお勧めだけど、今日は焼きたてほくほくのバナナタルトを頂く。美味至極。
 友人がアレルギー対談をしている間にわたしと彼、うださんの3人でそらちゃんとりくちゃん(4歳)兄妹を相手するも、こちらが相手にされず。りくちゃんは駐車場にいる黒猫のピッチを気にしてしきりに脱走を謀るし、そらちゃんはマイペースにあれやこれやを追いかける。うださんが芝居気たっぷりに絵本を読んで聞かせようとしても、全く聞いちゃいないで部屋を駆け回り金魚を見てる。おーい。このおじさんはカンヌ・パルムドールの俳優なんだよ。でも、無視。しげき撃沈。
 彼はそらちゃんをだっこしてみたが、2秒で逃げられていた。止まると死ぬのかというほど動き回る子どもに、大人3人はぐったり。母親は、ほんとにすごい。子育てはスポーツだ。
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 突然の激しい夕立に外に出られず、予定時間を大幅に超過してちちろで過ごす。そのため、本日の本懐であった鑑真和上展(於・奈良国立博物館)に行けず。以前一度和上の像を拝したことがあるが、あれは何の展示会だったのだろう。
 
 
 婚約したけど何十万もする指輪を買うなら本を棚買いしたいなあとかうだうだ思っていると、母が自分の婚約指輪を譲ってくれた。37年前の0.5カラット、使用1回。独鈷みたいな立爪をリフォームしてもらうために、ならまちのZu-Ro designにゆく。
 お父様が仏師、お姉様が截金師であるオーナー由谷さんは1級貴金属加工国家技能士。どんな特殊技能一家ですかと目が丸くなるが、このオーナーが実に上品でおおらかな感じでありつつも、両耳にピアスの今風イケメンという奇跡の調和を保つ紳士なのであった。今日は要望を伝えて指輪を預けて帰宅。今後デザイン画からおこしてこの世にひとつきりの指輪を創っていただく。うれしいな。
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 夕食はapa apa cafeでピッツアを2枚とビールを。オーナー金城姉妹さん、今日も美人でした。ecrit見てくださってありがとうございます。パンが大好きで舌が肥えきってしまった彼も、apa apa cafeさんのピッツアのおいしさには悶絶していました。おいしかったです。ごちそうさま。


WrittenBy: 櫻井香萌

04/27:さくらいさん

 オダギリジョーが「さくらいさん」と言った(発話した)、と数人の友人からリアルタイムでメールが届く。ええ、ええ、見ていましたとも。日曜21時から放送のドラマ「僕の妹」。医師役のオダギリジョーが腹痛に苦しむおじいちゃまに「さくらいさん」と呼びかける、というもので、瞬間わたしの脳はお花畑と化し、花びらは勢い余って耳から吹きこぼれ、頭上では祝福のラッパを吹く天使が数人舞い踊っておりました。しかもわたし、両手を胸の前で組んで目に星を煌めかせながら「はい」って返事してるし。嗚呼、自分が気持ち悪い。


 と思えばYOUTUBEで見た「ライフカード」のショートムービー。桜井幸子演じるかつての憧れの同級生にオダギリジョーが「さくらいさん!」と呼びかけるというもの。その模様は携帯にしっかりおさめ、つらいことがあると眺めてむふふとなっています。「さくらい」姓でほんとうによかったと深甚と歓喜するわたし。相当不気味。


 が、YOUTUBEではじめて仮面ライダー時代のオダギリジョーを見て愕然とした。23歳のオダギリジョーの顔にはまだ何の翳りも刻まれていなくて、つるんとしていて、貧相に痩せていて何の面白味も魅力も無かった。葛藤も残酷さも酷薄さもゆとりも色香もなんにもなくて、ただぴかぴかに若いだけで実に貧乏くさく、ほんとうにつまらなかった。アタマもゼッペキ癖毛で微妙だったし。なるほど。いいオトコになるには時間がかかるんだ、と思いながら我が家の彼をじっと見つめる。24歳。ゼッペキ癖毛。180センチ少しで70キロ。ジム通いとプロテインと髪型でなんとかオダギリジョーににじりよれないかと不毛な野心に紅蓮の炎がともる。「余はついに伯楽となりし乎」と妄想に耽るも、やっぱりにているところはぼおっとした雰囲気とゆるいしゃべり方だけかと正気にかえる。


 先日、さるところで知り合った男性が、年格好も雰囲気もからだつきも声もなにもかも、かつてわたしが10年恋い慕った男性にうり二つで息を呑んだ。肩の線や指の形まで似ていた。文学とドラマならここから何かが始まるが、現実では特段何も始まらずに、「わあ…似てる」と感心して、感動して、鑑賞して、オワリ。リアルにそういう体験をして思うことは、『源氏物語』にあらわれる形代の論理ってほんとビョーキだよなあ、ということでした。


 よって彼のオダギリ化計画も霧散。オダギリはオダギリゆえにそれでよく、彼も彼なりに彼になればそれでよし。
 年とともに顔はその人自身に近づいてゆくものなのですね。


*ドラマの方の「さくらいさん」は以後もご出演中で、毎回テレビの前で「呼びかけ待ち」をしております。
WrittenBy: 櫻井香萌
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