03/19:カフェ

 カフェはその昔「喫茶店」と言ったものの進化系。わたしが子どものころは外で何か飲むというとUCCかコカコーラの自動販売機しかなくて、喫茶店に行くのは特別なことだった。でも甘いものが嫌いだったわたしの味蕾にはみどりいろのソーダ水も、そこにアイスクリームを入れたフロートも地獄のように不味く、ミックスジュースさえ好まなかった。パフェなどは地獄の血の池を釜の中にそのまま入れて煮え立たせているぐらいの拷問で、叔母がよかれと注文したものの、いかにこの難局を乗り切るかに脂汗を流したのを覚えている。


 喫茶店は地獄であったが、一方で大人が飲んでいる珈琲の香りはとても好きで、その香りだけでうれしくなった記憶がある。大人になったら喫茶店で珈琲を飲む、と憧れていた。けれど案外大人になっても喫茶店にもカフェにも行かずに過ごしてきた。通い始めたのは大学院を受験することになってからだ。


 大学受験以来10年ぶりに入試で英語が必要となり、仕方なく社会人のわたしは5時に起きて7時に職場近くのカフェに入り、毎日朝の1時間半を勉強に費やした。結果なんとか大学院への入学を許されたが、法学部出身のわたしが文学研究科に入ってしまったものだから、心理的には同期の研究者たちが300キロぐらい先を悠々と歩いているように思えた。不安な思いにかられ、そのまま毎朝京都駅前のカフェベローチェで3時間勉強することを自分に課した。同じ頃、奥の喫煙席にはいつもI先生がいらして本を読んだり論文を書いたりしていらした。どんなにわたしががんばっても、いつもいつもI先生が先で、ひそかに悔しがっていた。こうした習慣に暮らす内に、自宅が狭くて机と椅子もない部屋だったこともあって、自然カフェがわたしの勉強部屋になっていった。


 そうする内に、京都には実に多種多様なカフェがあり、文化財といってもいいような古くて歴史のあるカフェもあることに気づいた。寺社仏閣を文化財としてありがたがるのもいいけれど、創業50年の喫茶店も立派な文化財じゃないのと思うようになった。
 人が集いくつろぐ場所には、言葉がうまれ・会話うまれ・思想がうまれる。店舗はその記憶を宿しながらも、一方では平常を生きている。その時間の層のかさなりがなんとも言いがたいまろやかな空気となっていて、その空気の中に浸ってくつろぐのがなによりの至福と感じるようになった。それは、どうにもならない恋の中で孤独に胸をひりひりと焼かれていた頃だった。わたしは仕方なく黙々とカフェに通い、黙々と物を書いて本を読んだ。そんな時間も、いまから思えば悪くは無かった。
 思えば、わたしのカフェ好きの原点には報われない恋に拠る孤独があった。結果的には散々な目に遭ったけれど、それでもやはり無駄な時間ではなかったと思う。


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WrittenBy: 櫻井香萌

02/22:Catherine Deneuve

 京都みなみ会館にて「シェルブールの雨傘」(1964年)と「ロシュフォールの恋人たち」(1967年)のデジタルリマスター版を二本立てで鑑賞(ともに主演はカトリーヌ・ドヌーブ)。フランスは美とエスプリの国であることを再確認。さまざまなシーンについても「これが日本映画だったら涙・涙の演歌になるなあ」という部分が実にドライで、というか各自が自立した大人で、とてもすてきだった。


 なによりもすてきなのは、衣装と色彩美。全体的にパステル調なのに、きちんと挿し色を利かせているから、すっきりと美しい。「ロシュフォールの恋人たち」はドヌーブと実姉のフランソワーズ・ドルレアックの共演。顔立ちはドヌーブの方が美しいけれど、女優としての格はドルレアックの方が断然上。ドルレアックはこの映画の完成翌年、自動車事故で逝去するが、もし生きていたら、ドヌーブに今の地位があったか、どうか。存在価値として言えば、ドヌーブはスタアで、ドルレアックは女優だった。腿の付け根までスリットの入った赤いスパンコールドレスを着て舞い踊るシーンがあるが、あれはマリリン・モンローの「紳士は金髪がお好き」へのオマージュだろうか。「ロシュフォールの恋人たち」のギイ(主人公ジュヌビエーブの恋人)のロッカーの内ドアには控えめにモンローのピンナップが貼られていたし。こうしたリンクも監督デュミのちょっとした〈おあそび〉なのかもしれない。
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 「シェルブールの雨傘」は悲恋の恋物語、とは断じがたい。だって、ヒロインのジュヌビエーブは、一生懸命、「恋人のギイを愛している自分を愛している」ように見えたから。何かから逃げたくて、ジュヌビエーブはギイを愛する。だから、恋人たちの会話と悲観度は終始かみ合わない。「真っ白なガソリンスタンドを持ちたいんだ」と夢を語るギイに、「子供がガソリン臭くなるわ」と一刀両断、つまらなさそうに答えるジュヌビエーブ。
 別れのシーンで歌う「La gare,para Danielle Licari et Jose revaux」ではジュヌビエーブの「Jet'aime」とギイの「Mon amour」がエコーしてかなりくどい印象もある。堕胎が禁じられていた社会背景もあると思うけれど、なぜギイのこどもを宿しながら、ジュヌビエーブは2年を待つことができなかったのだろう?ギイを載せた列車が走り出すとそっと踵を返し、一人立ち去るジュヌビエーブは、決して振り返らない。日本映画なら、走って追うか、列車が見えなくなるまで見つめ続けるだろう。
 彼女が逃げたかったものは、シェルブールの田舎町なのか、母親の密着愛(「ええ、わたしたち、今まで離れたことがありませんの」と母は言う)なのか。ともかく、ジュヌビエーブは終始自分に拠って不幸そうである。でもあのエンディングシーンはさすが。あれは「自分を理解することができない美女とその女に翻弄されてゆえなく傷つけられた男、そして最も地味で自意識が低そうに見える顔面偏差値の低い女こそが、実は最もしたたかでうまくやりおおせる」という映画ではないか(現実社会もそう。華やかな美女ほど実は謙虚で、ほどほど~平均からは激しく水準以下、のほうが自分の顔面偏差値に傲慢不遜で無根拠な自信を抱いているケースはママある)。
 橋本治が『貞女への道』(河出書房・1991年)でこの映画について興味深い考察を示している。帰宅して読み返し、なるほどな、と納得。
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 「ロシュフォールの恋人たち」は文句なしの傑作。ジーン・ケリーのダンスは優雅の極みでまるで空気の上を舞っているよう。あれほど複雑で激しいステップを踏んでも上体が全くブレないのは神業。他のダンサーとはまるで格が違うことは素人目にも一目瞭然。他のダンサーが本当にモタモタして見えるほど、完璧なパフォーマンス。
 姉妹がまとうスパンコールのキャミソールやビビッド・カラーのワンピース、シースルーの部屋着なども違和感なく双方の魅力を引き立て、同じものをマドンナが着たらいかほどに下品であろうかと思う。いずれの映画もヒロインの母はシングルマザーで、経済的に自立したマダムだった。母と娘の物語として読むとしても、やはり日本国の価値観よりはかなりドライ。そしてフランス国では母は母でも終生〈女〉を生きている。そこがまた、いい。
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 カップケーキは大阪の「fait en bonbons」がドヌーブの二作品上映にコラボしたもの、というメモとともに売店に置かれていたもの。コラボというより、オマージュでしょうが。表現があつかましい。とてもかわいいカップケーキ。1個500円也。目にて楽しみ、求めず。
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WrittenBy: 櫻井香萌

02/09:奈良日和-2-

 立春過ぎて、春が来た。旧暦愛好者であるわたしはこの機に様々なものを改め、片づけ、決意する。よき一年となりますように。悔いのない人生を日々築きます、と。

 
 孟友山は今年から5年間のテーマは(はからずも)「一流の世界で女を磨く」ことだと言い、信頼する奈良の風水師坂口さんは「ま、今から5年間が愉しみやな」とニヤリとされた。両者口をそろえて「一番苦しい時期はようやく去った」とのこと。どん底は5年前から去年まで。院生期間か。まあ、そうだろうな。


 ちょっと立ち寄った奈良で風水師・坂口さんと二時間話し込み、近況報告。坂口さんはわたしの母とわたしの相性を見たとき、母に向かって「お母さん、この娘さんは世間一般の娘さんとは違います。あなたまともにこの娘さんにつき合ってたらしんどいだけやから、まあ、好きなようにさせたげて、お母さんは遠くから見てなはれ」と言ってくれた人。あの言葉でどれほど母娘関係が緩和されたことか。彼との相性は丹念に四柱推命で各星を調べ上げ、長い長い沈黙の後「結婚しい。これ以上の縁、この世にないわ」とケロリと言ってくれた人。わたしの特徴の3つは「打たれ強い・我慢強い・頑張り屋」、彼は「優しい・おおらか・慎重」なのだそう。四柱推命確立した人って、どうやってこの学の体系を導き出したのだろう?


 ちちろも、喫茶たまきも、朱鳥(あけみどり)も坂口さんもDjangoも、奈良の店はお客と店の距離が近くて、とってもおしゃべりだ。なんやかんやと話が延びて、つい時間が過ぎてしまう。その土地の人間でもないのに、実に大らかに受け入れてくれる。
 奈良は癒しを与えてくれる場所。京都は生きることを闘う場所。坂口さんのお店を出てDjangoに行き、ルグランを二枚求めてすこしおしゃべり。店長、相変わらず魂燃えてました。このポップが彼の命燃焼の証。ユニークで大好きなお店。


 真夏にダウンは着られない。物事にはすべからく時期がある。どれだけ望んでも切ながっても、合わないものを無理矢理なんとかしたって破綻するだけ。いつかその時期が来たらいつでも乗れるように。いまはその準備をしている時期。


 ビブレ横の夫婦饅頭さんの閉店間際、4個ください、と言ったら「もうおしまいだから」とオマケしてくれた。ほくほくとあったかい夫婦饅頭。小豆の嫌いなわたしが2個一気に間食。彼も2個一気に間食。また来ますね、と奈良に告げて、帰洛。

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店長のソウルフルな手製ポップ    あっさり粒あんの夫婦饅頭
WrittenBy: 櫻井香萌

02/09:愛について?

 友人の結婚式(再婚)に招待いただくことになった。昨年夏には「二度と結婚なんかしないわ!」と吼えてオヤジのように焼酎をあおっていた血中オトメ濃度ゼロの友人が。わたしから「オッサン」とタイトリングされていた友人が。人間って、わかんない。秋頃白目が見えなくなるぐらいまつげのエクステをして、爪も綺麗にしてるなと思った頃には、もうダーリンとのおつき合いがはじまっていたのだった。そして電光石火ご成婚。1月にはブルガリのリング(ピンクゴールド・日本限定)を指に煌めかせていた。嗚呼。あなたは年齢を明かさない方だけれど、人生のキメ場にブルガリを選ぶってのがいかにもバブル世代と拝察いたしましたことよ。


 しかし友人は、この結婚に繋がる恋をしてから確かに綺麗になった(ように思う)。そう思うとわたしはこの5年間の院生生活を人生最大身なりを構わず生きてきてしまった。
 人は見た目が全てではないけれど、表情・仕草・服装・色彩・化粧・髪型・持ち物・全体の印象を決めるさまざまな要素はすべてその人の知性や感性や美意識や見識を総合的に表象するもの。だから「人は見た目じゃない」と開き直ってずたずたの恰好をしている人は、わたしからすれば傲慢。誤解を恐れずに言えば、人は見た目が9割。あとの1割は声だ。「見た目」という選考の第一段階として好き・嫌い・どうでもいい・に分類され、そこから更に第二段階で人柄を判定される。だから「見た目」はとっても大事だということ。女はすべからく女装した人間なのだから、今年は女磨きに精を出そう。まずは、考えるときに眉間に皺を寄せるクセを直すことから。
 『女装する女』(湯山玲子・2008年、新潮新書)は本当に説得力のある本だったわ、とにわかに血中オトメ濃度がバウンドした友人に思う。


 かと思えば昨年結婚した年上の男友達が「ストレスがすごくて会って話がしたい!食事おごるから行こう!」と懇願して来たので言い値でおごることを条件に上から目線で同伴する。彼とは17年来のつき合いで、兄のような存在。彼以上にわたしを知る男性もいない程なのだけれど、奥様となった方を存じ上げないので、8月の結婚以来会うことを遠慮してきた。男友達はそういう場合が面倒くさい(というか厄介だ)。
 半年の間のストレス太りぶりはすさまじく、わたしは彼の胴をばん、と抱いて「何か入ってるの?」と真顔で聞いてしまったが、中身は全部純正体脂肪だった。すっごいの。YKKのファスナーはタフであることを認識した。初婚の奥様はばっちりバブル世代だが、その夜、奥様がセレクトしたというブルガリの結婚指輪を彼ははめていなかった。
 それにしてもなぜバブル世代はブルガリなの?あんなナットみたいなごっつい指輪、個性的すぎて似合う人は稀だと思うのに。でも女友達に会うときに結婚指輪を外すなんて妻への謀反の第一歩ですね。指輪をしたまま不埒を為すふてぶてしさを思うとまだまだかわいい反抗/犯行なのだけれど。


 わたしから彼へのバレンタインの贈り物は、黄金に輝くゴディバのおハイソな大箱(職場のオトコマエ上司がファンから頂いたものの残骸・6千円相当のショコラがお入り遊ばす箱)に明治の板チョコを10枚詰め込んで包み直したものを別れ際に渡しておいた。
WrittenBy: 櫻井香萌

01/12:大阪日和‐1‐

 大阪に行く機会というのは、実はあまり無い。大阪よりも東京の空気の方が断然好きだ。けれど、哀しいかな。わたしはお笑いへのストイシズムを骨の髄まで叩き込まれていて、オチの無い会話は許せない、という美学のある関西人である。人柄は酒癖と笑いのセンスに現れるというのが持論。人を当意即妙に惹きつけ愉しませる笑いのセンスは、実はとても高度なもの。本当の悲しみを知る者こそが本当の笑いを知っているのだ、とやしきたかじんと藤山直美の掛け合いを見てしみじみと思う。「あらびき団」(水曜夜1時~毎日テレビ)に登場する浮かばれない芸人たちよ、もっと人生の悲しさを悲しみ、精進を重ねるがよい。
 今日は、1年ぶりにひとりで大阪へ。子どもの頃、とても大きなお店が群雄割拠していたように思えた心斎橋は、こんなにも小さかったのかなと意外な思いを抱く。心斎橋をふらふらと歩き、道に迷い、GPSは便利だなあとひとりごちながら自由軒(*)へ。自由軒本店には、「トラは死んで皮をのこす、織田作死んでカレーライスをのこす」と書かれた織田作之助の写真が飾ってあった。が、そんなことよりも、帳場を預かる店主とおぼしきマダムのナニワンぶりにわたしの目は釘付け。栗色の金髪を一糸乱れぬアップにし、まっ赤な口紅と真っ白な白粉を均等に美しくはき、金のごっついネックレスとイヤリングと指輪をなさってテキパキと店員に支持を与えていた。ナニワンマダムの女王道であろう。お店に藤田嗣治とロートレックの絵が掛かっていたのが意外だった。
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 心斎橋のバーゲンを流し、金の相場が下がっているのを目の当たりにする。大阪の人は金が好きなのかしら。金と、ブランドロゴが好きと見受ける。黒髪がメインストリームをゆく京都に比べ、オレンジ系の茶髪も未だ健在である。装いも、京都とは色彩感覚がまるで違う。その地域の美意識は女性の装いに一番顕著に表れるように思う。マダムの髪は栗色の金髪かメッシュが多い。アクセサリーは金。服は柄+柄か、原色。飾れる限り、飾る。そしてその装飾に負けない力を持っている。大きな宝石やビビッドな色彩は、それを負う力のある人間にだけ似合うのだと知る。キャラの薄い人や凡庸な人に、大粒のダイヤや赤い紅は似合うはずがない。普段から馴染まないものをハレの日につけても、それに負ける。普段から身の丈を知った華やかさを持ちたいと思う。たまにしかつけないちびたダイヤを大事にしまっておくのではなく、ダイヤごときは毎日つけて普段着にしたい、ダイヤ負けしない女になりたい、毛皮のコートなどは座布団にしたいと思うわたしはスノッブかしら(おそらく研究者にあるまじきスノッブであろう)。とにかく、「高価なものに呑まれないだけの華のある個性」を確立したいと切に思うのです(スノッブですね)。
 その後は純喫茶アメリカンへ。「クウネル」でケンタロウ氏が紹介していたことからいつか行きたいと願っていた。白い蜜をたっぷりかけて頂くホットケーキにブレンド珈琲を。京都でホットケーキを頂くのはスマートコーヒーと決めているが、文化差を感じた一時。アメリカンに関しては後日詳細に掲載します。
 
(*)大阪初の西洋料理店。1910年創業。創業後は、ビフカツを始めとした西洋料理を格安で提供。またカレーライスを「お客様に熱々のカレーを食べていただきたい」という熱意からご飯とカレーを混ぜた「名物カレー」を考案。織田作之助の『夫婦善哉』には次のような一節がある。「二三日飯も咽喉へ通らなかったこととて急に空腹を感じ、楽天地横の自由軒で玉子入りのライスカレーを食べた。「自由軒のラ、ラ、ライスカレーはご飯にあんじょうま、ま、ま、まむしてあるよって、うまい」とかつて柳吉が言った言葉を想い出しながら、カレーのあとのコーヒーを飲んでいると、いきなり甘い気持が胸に湧いた」この「玉子入りのライスカレー」自由軒の名物カレーのこと。「まむす」(混ぜる)という語は「ひつまぶし」の「まぶし」と関係あるのだろうか。どなたかご存知でしょうか?
大阪市中央区難波3-1-34・ビックカメラ(旧プランタンなんば)向い
11:20~21:20 定休日/ 月曜日  06-6631-5564





WrittenBy: 櫻井香萌
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