カフェはその昔「喫茶店」と言ったものの進化系。わたしが子どものころは外で何か飲むというとUCCかコカコーラの自動販売機しかなくて、喫茶店に行くのは特別なことだった。でも甘いものが嫌いだったわたしの味蕾にはみどりいろのソーダ水も、そこにアイスクリームを入れたフロートも地獄のように不味く、ミックスジュースさえ好まなかった。パフェなどは地獄の血の池を釜の中にそのまま入れて煮え立たせているぐらいの拷問で、叔母がよかれと注文したものの、いかにこの難局を乗り切るかに脂汗を流したのを覚えている。
喫茶店は地獄であったが、一方で大人が飲んでいる珈琲の香りはとても好きで、その香りだけでうれしくなった記憶がある。大人になったら喫茶店で珈琲を飲む、と憧れていた。けれど案外大人になっても喫茶店にもカフェにも行かずに過ごしてきた。通い始めたのは大学院を受験することになってからだ。
大学受験以来10年ぶりに入試で英語が必要となり、仕方なく社会人のわたしは5時に起きて7時に職場近くのカフェに入り、毎日朝の1時間半を勉強に費やした。結果なんとか大学院への入学を許されたが、法学部出身のわたしが文学研究科に入ってしまったものだから、心理的には同期の研究者たちが300キロぐらい先を悠々と歩いているように思えた。不安な思いにかられ、そのまま毎朝京都駅前のカフェベローチェで3時間勉強することを自分に課した。同じ頃、奥の喫煙席にはいつもI先生がいらして本を読んだり論文を書いたりしていらした。どんなにわたしががんばっても、いつもいつもI先生が先で、ひそかに悔しがっていた。こうした習慣に暮らす内に、自宅が狭くて机と椅子もない部屋だったこともあって、自然カフェがわたしの勉強部屋になっていった。
そうする内に、京都には実に多種多様なカフェがあり、文化財といってもいいような古くて歴史のあるカフェもあることに気づいた。寺社仏閣を文化財としてありがたがるのもいいけれど、創業50年の喫茶店も立派な文化財じゃないのと思うようになった。
人が集いくつろぐ場所には、言葉がうまれ・会話うまれ・思想がうまれる。店舗はその記憶を宿しながらも、一方では平常を生きている。その時間の層のかさなりがなんとも言いがたいまろやかな空気となっていて、その空気の中に浸ってくつろぐのがなによりの至福と感じるようになった。それは、どうにもならない恋の中で孤独に胸をひりひりと焼かれていた頃だった。わたしは仕方なく黙々とカフェに通い、黙々と物を書いて本を読んだ。そんな時間も、いまから思えば悪くは無かった。
思えば、わたしのカフェ好きの原点には報われない恋に拠る孤独があった。結果的には散々な目に遭ったけれど、それでもやはり無駄な時間ではなかったと思う。

WrittenBy: 櫻井香萌
喫茶店は地獄であったが、一方で大人が飲んでいる珈琲の香りはとても好きで、その香りだけでうれしくなった記憶がある。大人になったら喫茶店で珈琲を飲む、と憧れていた。けれど案外大人になっても喫茶店にもカフェにも行かずに過ごしてきた。通い始めたのは大学院を受験することになってからだ。
大学受験以来10年ぶりに入試で英語が必要となり、仕方なく社会人のわたしは5時に起きて7時に職場近くのカフェに入り、毎日朝の1時間半を勉強に費やした。結果なんとか大学院への入学を許されたが、法学部出身のわたしが文学研究科に入ってしまったものだから、心理的には同期の研究者たちが300キロぐらい先を悠々と歩いているように思えた。不安な思いにかられ、そのまま毎朝京都駅前のカフェベローチェで3時間勉強することを自分に課した。同じ頃、奥の喫煙席にはいつもI先生がいらして本を読んだり論文を書いたりしていらした。どんなにわたしががんばっても、いつもいつもI先生が先で、ひそかに悔しがっていた。こうした習慣に暮らす内に、自宅が狭くて机と椅子もない部屋だったこともあって、自然カフェがわたしの勉強部屋になっていった。
そうする内に、京都には実に多種多様なカフェがあり、文化財といってもいいような古くて歴史のあるカフェもあることに気づいた。寺社仏閣を文化財としてありがたがるのもいいけれど、創業50年の喫茶店も立派な文化財じゃないのと思うようになった。
人が集いくつろぐ場所には、言葉がうまれ・会話うまれ・思想がうまれる。店舗はその記憶を宿しながらも、一方では平常を生きている。その時間の層のかさなりがなんとも言いがたいまろやかな空気となっていて、その空気の中に浸ってくつろぐのがなによりの至福と感じるようになった。それは、どうにもならない恋の中で孤独に胸をひりひりと焼かれていた頃だった。わたしは仕方なく黙々とカフェに通い、黙々と物を書いて本を読んだ。そんな時間も、いまから思えば悪くは無かった。
思えば、わたしのカフェ好きの原点には報われない恋に拠る孤独があった。結果的には散々な目に遭ったけれど、それでもやはり無駄な時間ではなかったと思う。

