06/20:いちねん

はるちゃんおたんじょうびおめでとう。
ぶじにいちねんをむかえることができてママはとてもうれしいよ。
ママをみてにっこりわらうかおも、
すきなおもちゃでごきげんであそぶすがたも、
おもうとおりにならなくてないているかおも、
まんぞくげなかおをしてねているすがたも、
ぜんぶがいとおしくてだいすきだよ。
ほんとうにおめでとう。
つぎのいちねんがあなたのえがおにたくさんであえる
すてきなとしでありますように。
だいすきだよ。
WrittenBy: 野出侑良

05/22:いのりとねがい

大人になるとどうしてだか悲しいことが多いね、と私が言った。
違うよ、増えたんじゃなくて子どもの頃は見えなかったただけだよ、と主人が言った。
ずっとまえからひっそりと、けれど確実にいつも傍にあったんだよ、と。

別れはいつも突然に。それも本当にあっけない訪れで。

「人が死ぬのはいつだと思う?人に忘れられたときさ」とある漫画のおじいさんが言った。あっけない別れは記憶をどんどん美化させて。うっすらぼやけたもやのなかに見える景色はリアルさに欠けて。曖昧な記憶は自分自身さえ曖昧な存在にしてしまうようで、今まで踏み固めてきたはずの足場ががらがらと崩れて「私」が埋れていくような錯覚に陥る。

どこかの歌の歌詞ではないけれど「さよならの意味を知らない」私たちが本当の別れに気づくのはいつなのだろう。願わくばこの子がそれに気づくのはずっとずっと先でありますようにとわが子をぎゅっと抱きしめて祈るのでありました。
WrittenBy: 野出侑良

03/16:記憶の中の

 私の母はまめな人で、自分でできるものは何でも手作りしていた。小さい頃の洋服は勿論のこと、和裁をしていたので着物や浴衣も作ってもらった。家を飾るものは母が作ったパッチワークや刺繍の入ったものだったし、玄関に置かれた造花も母の手作りだった。今でも我が家を飾るのは母が作ったものであふれている。
 食べものに関しても梅干し、漬け物、お味噌は作っていたし、お出汁はきちんと昆布や煮干し、かつおぶしでとっていた。食べることが好きな人だったので、家族で美味しいものを食べに出かけては、どうやって作るのかと悩みながら家で挑戦していたのを覚えている。
 母の母、私にとっての祖母もとてもまめな人だった。食べ物のお店をしていた祖母は調理師免許をもっていて、料理の仕方がとても丁寧で無駄がなかった。お出汁をとったあとの昆布で作る佃煮や漬け物の古漬けでつくるこの地方独特の郷土料理など、子どもには食べにくい昔ながらの茶色いおかずたちも祖母が作るものはなぜか美味しく感じられた。
 お酒を飲まない母と、お酒をたしなみお店でお酒のあてを作っていた祖母が作る料理の味は親子にもかかわらず面白いほど違ったけれど、私にとってはどちらも「おふくろの味」で、私の作る料理の基盤となっている。しかし、二人の居ない今彼女たちが作った料理の味は記憶の中にしかなく、ふとしたときに味を思い出しては、もっとちゃんと作り方を聞いてメモをとっておくんだったなぁと今更ながらに後悔している。が、そんな私を見てきっと二人とも「自分でがんばり」とにやりとしているにちがいない。
 私が作る料理が二人の味を受け継いで、そしてそれがまたはるへと受け継がれていくのだと思うと半端なことはできないなぁと背筋が伸びるような心持ちになる。記憶の中の味はなんとも手強く、私はまだまだそこへたどり着けそうにないけれど、未熟ながらも精進していきますので、どうか明日もみんなが美味しいと笑顔になれるものが作れますように二人とも見守っていてくださいまし、と話しかける日々なのでありました。
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WrittenBy: 野出侑良

03/10:沢山の祝福を

 香萌さんと初めてお会いしてから早いもので七年程が過ぎた。現在私はお会いしたときの彼女の年齢となり、香萌さんはこのたびめでたく結婚された。彼女が幸せになること、それがとてもうれしい。
 大学院の研究室で彼女と初めて交した会話を覚えている。丁度私がその日の晩ご飯を何にしようかと友人と話していたとき「ご結婚されているんですか?」そう声をかけてくれたのが香萌さんだった。物腰はやわらかく、けれどとても厳しい目をした綺麗なお姉さんで私は少し気後れした。(もっとも、付き合っていくうちに彼女の天然さを目の当たりにしてどんどん香萌ワールドの虜になっていくのだが…)実際彼女は自分に厳しすぎるほど厳しくて、何事にも妥協を許さない人だ。一緒にいればこちらの姿勢もぴんと伸びるほど張りつめた空気をまとった人。その姿勢は尊敬すると同時にとても危ういものにも感じられた。
 そんな香萌さんが生涯の伴侶を見つけられ結婚するという報告を受けたとき、電話越しの彼女の声がいつもと違って聞こえた。やっと気持ちが安らぐ場所をみつけたんだなぁとなんだかじんわりうれしさが広がった。リングピローを作って欲しいとのことだったので、不器用ながらも気持ちだけは一針一針こめて縫わせてもらった。どうかどうか誰よりも幸せに幸せに…。
 ねえさま、大変遅くなりましたが何とか完成致しました。気持ちだけはたっぷり込めましたので可愛がってやってくださいませ。 
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WrittenBy: 野出侑良

01/06:良い子、悪い子、普通の子

 私は良い子だったと思う。大人が駄目と言ったこと(もしくは言うであろうこと)はしなかったし、先生の手伝いも良くした。成績は飛び抜けて良い訳ではなかったが、まあまあ平均を保っていたと思う。そんな私を周囲は「真面目でこつこつ物事を突き進めていくタイプ」「おとなしいが芯はしっかりしている」「穏やかで縁の下の力持ちなタイプ」等々と評価した。
 私は評価される社会で生きてきた。その評価で自分の今居るポジションを確認し、自我を形成してきた。では、それが全くなくなって、他人が下してきた(下すであろう)自分への評価を自分で推し量るしかなくなったら一体どうなるのだろう。
 今私は家庭に入って子育てをして…所謂主婦になった。毎日必死に仕事をこなしても時間が足りない。段取りが悪いのだと思い、子どもの授乳時間に合わせて四時半に起きて家事をしてみた。それでも何だかうまくいかない気がする、まだまだもっとできるはず、私がしっかりしなくちゃ、良いお母さんで良い奥さんでもっともっと頑張って甘えちゃ駄目だ…。毎日そう考えていたら、ある日悲しくもないのに涙が出てきて体を動かす気力も無くなった。そんな私を見て主人が言った。「もっと手を抜いても誰もサボっているなんて思わないよ。でも君自身はそれが許せないんだろう?君は今自分で自分の評価をしなければならない社会にいるからね。」
 主人の言葉に妙に納得して気持ちがすっと軽くなった。私は評価が欲しかったのだと思う。誰かによく頑張っているよ、と言って欲しかったのだろう。でもそうではないのだ。今まで他人の評価で自分の価値を見出していた私には、自分が頑張っていると実感できていないのだ。例え誰かに何かを言われても私自身が実感できなければどうにもならない。と言って手を抜こうとも到底思えないが、ほんの少しだけ自分を許してあげることにした。何故かイライラして泣いているお母さんより馬鹿みたいに笑っているお母さんの方がずっと素敵だと思うから。
WrittenBy: 野出侑良
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