ほたる-4-

 加代さまは、そないして日頃は外にはおいでにならんもんやから、大きいお屋敷の奥まったお部屋においでやというそのお姿なんぞは、そうそう人目につくもんやおへんさかいにな。最初の二、三年の内はそないして、誰と合うでもなく、御寮さんと姉妹のようにして寄り添って車でお出かけなさる他は、人目には触れずにお過ごしやったようですわ。
 そやけど、そのうちにぽつぽつと、加代さまのうわさが人の口に上がり始めましたんや。しかしまあ、人の噂が口に上るとき言うんは、だいたいええ筋の話やないことが多いですわなあ。また、そないな話の方が、人の気持ちを騒がせるものなのやして、しゃあない事なんかもしれませんがな。加代さまについて、さあ、どないな話が噂されたか。
 加代さまが琴の上手でおいでたことは皆知っとることでしたが、その加代さまがつま弾いてはった琴の音が、最初はゆるゆるとのんびりしと、確かな呂律で楽曲になっとったもんが、何かの拍子に、弦も切れよとばかりに無茶苦茶に乱打して掻き鳴らしておる音を、しかも真夜中頃に何度か聞いた、言うもんがおりましたわ。
 そうしたらそれを受けてか、加代さまのお指の十本が十本とも、何をしいなさったんか怪我をしてはって、包帯、軟膏で糸巻きの毬のように腫れておったと、出入りの髪結いから聞いたと言う村のもんが出てきました。かと思えば何日も何日も、縁側近くに漆に蒔絵の文机据えさせはって、朝まだきから、蛍の飛び交う夜中になってもまだ、部屋に蛍が舞い込んで来ますのにも頓着なさらずに、いや、かえって蛍を招くような風をなさって、扇子をはたはた閉じたり開いたりと鳴らしながら、ただつくねん、と座って、ぼんやりとお過ごしであったというもんもおりましたわ。そないしてはる時の加代さまは、別に文を書かはる訳でもなく、物読まはるわけでもなく、本屋が届けた真新しい本も傍らに積んだままに包みも開けんと手えもつけん。つまり何をなさるということもないままなのやして。ただただぼんやりと、青畝のしなる田畠が宵闇に呑まれてひと色の塊になるまで、眺めてお出でやったと言うことや。そないなふうにあの家にお仕えするもんが、うちの嬢(とう)さん、あんな暗うなるまで一体何見てなさるんやろう、あないにしてなしたら、黄泉から迎えがきてしまいますわ、と心底気味悪がって漏らしたことがありましたなあ。
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