わしらが日に灼かれて黒うなっとる時分、加代さまはいっつも日傘を差して人力車にお乗りやった。夏に咲く、白い朝顔の花みたいなちいさい麻の日傘やった。髪を桃割れ結うていなさる時も、おすべらかして洋装してなさる時も色々ありましたがなあ、それでも日い射す季節の内は、常に日傘、さしてなしたなあ。そやさかいに、肝心の加代さまのお顔は言うと、日傘の影になってしもうて何も見えしませんのやな。それでも、えらいもんで、心底美いお人言うもんは、影であっても、それだけでも充分に美いもんなんやして。そんな加代さまのご様子を、わしもなんどかお見かけしたんやったわ。
そら、あれほどのご器量の上に、何事も一通りたしなんでいはりますもんやさかいに、加代さまには女学校に入る入らん頃からもう、あちらこちらからご縁談が舞い込んで、聞き合わせもなんぼかあった言うことやけど、どうしても本家の御前さまが首を縦に振らんかったようやな。さあ、やっぱりあれほどのお方ならばこそや、並のおとこになぞ引き合うものかえ。それでこそ加代さまの値打ちやして、と村のもんはすずめのようになってかしましく噂したもんやで。そやけど、噂ばかりに名高い加代さまのことやして、そのお姿を常日頃に見た言うもんは、まあ、そうそう村の中にもいてしませなんだ。
それにしても、娘盛りの時分やというのに、親しい仲になれるような身の丈の合う娘さんも村にはおらなんだようやして。女学校を出られてからは毎日、何に日を過ごしておいでやしたんやろうか。
ある年の春のことやした。女学校も卒業しておいでなして、加代さまは寄宿舎を引き上げて本家に戻りなさったんや。今とは違うて、おなごが外で働くなんぞとは、思いもよらん事やったんやして、しかも加代さまほどのご身分ならなおさらのこと、そんな必要もあれしませんさかいにな。加代さまは本家で何不自由なく、お暮らしなさってやしたのや。いやいや、わしがそれを見たというんやない。わしらが本家に伺う時は、裏屋の勝手口からそうっと、用向きの事のみをしに行くのやさかいに、加代さまがそんなとこにおいでることなぞあれしません。本家に出入りのもんが言う事には、加代さまはたまに、本家の御寮さんと連れ立って神戸や大阪の街へ向いてお茶、お華のお師匠さんとこへお稽古にお出向きになる以外は、ずうっとお屋敷の内でお過ごしになっとる言うことやった。
出入りの本屋も、加代さまにお届けする本と言うたら、わしらですら名も知らんような古典籍やら洋書やら、そないな、この田舎がはじまって以来誰が読んだかというようなご本ばかり欲しがりなさる、と言うては、儲けにはなるが取り寄せるんが骨じゃとぼやいておったことがあった。わしらのような無学の身のもんは、屋の内におっても働くか、食うか、でなければ寝るか。それくらいのことしかすることなんぞ無いのやして。身に嗜み、修養あるお人ゆうもんはやはりご立派なもんやな、とそんなことからも思ったもんやった。
そら、あれほどのご器量の上に、何事も一通りたしなんでいはりますもんやさかいに、加代さまには女学校に入る入らん頃からもう、あちらこちらからご縁談が舞い込んで、聞き合わせもなんぼかあった言うことやけど、どうしても本家の御前さまが首を縦に振らんかったようやな。さあ、やっぱりあれほどのお方ならばこそや、並のおとこになぞ引き合うものかえ。それでこそ加代さまの値打ちやして、と村のもんはすずめのようになってかしましく噂したもんやで。そやけど、噂ばかりに名高い加代さまのことやして、そのお姿を常日頃に見た言うもんは、まあ、そうそう村の中にもいてしませなんだ。
それにしても、娘盛りの時分やというのに、親しい仲になれるような身の丈の合う娘さんも村にはおらなんだようやして。女学校を出られてからは毎日、何に日を過ごしておいでやしたんやろうか。
ある年の春のことやした。女学校も卒業しておいでなして、加代さまは寄宿舎を引き上げて本家に戻りなさったんや。今とは違うて、おなごが外で働くなんぞとは、思いもよらん事やったんやして、しかも加代さまほどのご身分ならなおさらのこと、そんな必要もあれしませんさかいにな。加代さまは本家で何不自由なく、お暮らしなさってやしたのや。いやいや、わしがそれを見たというんやない。わしらが本家に伺う時は、裏屋の勝手口からそうっと、用向きの事のみをしに行くのやさかいに、加代さまがそんなとこにおいでることなぞあれしません。本家に出入りのもんが言う事には、加代さまはたまに、本家の御寮さんと連れ立って神戸や大阪の街へ向いてお茶、お華のお師匠さんとこへお稽古にお出向きになる以外は、ずうっとお屋敷の内でお過ごしになっとる言うことやった。
出入りの本屋も、加代さまにお届けする本と言うたら、わしらですら名も知らんような古典籍やら洋書やら、そないな、この田舎がはじまって以来誰が読んだかというようなご本ばかり欲しがりなさる、と言うては、儲けにはなるが取り寄せるんが骨じゃとぼやいておったことがあった。わしらのような無学の身のもんは、屋の内におっても働くか、食うか、でなければ寝るか。それくらいのことしかすることなんぞ無いのやして。身に嗜み、修養あるお人ゆうもんはやはりご立派なもんやな、とそんなことからも思ったもんやった。

