先輩の木賣慈教さまとツキトカゲにて打ち合わせ。
木賣さんは西本願寺系のお寺の住職さん。大学時代の先輩で、
カリスマ性のカタマリというか、なにせ無茶というか、規格外な、器の大きな人。
接客業を生業にしてきたわたしも、いまだ木賣さん以上の色好みを知らない。
木賣さんを見てて思うのは
「その男がどんなに残酷であろうとも、残酷であることに引き合うメリットさえあれば、女というものは案外平気でその残酷を許してしまうものなのだ」
ということ。ただ、そのメリットに引き合わない男君が残酷を働くと、
ひどく恨みを負うはめになるのですが。
なんとなく、そんなことを思ったりしました。
木賣さんの存在の仕様にブンガクを思う夜。
危険な男というものは、ふんだんにその香りを撒き散らすのではなく、
周到に教育された洗練の下に、ふとした淫靡を隠し備えているものだ。
イロオトコとは、そういうものでもある。
木賣さんは西本願寺系のお寺の住職さん。大学時代の先輩で、
カリスマ性のカタマリというか、なにせ無茶というか、規格外な、器の大きな人。
接客業を生業にしてきたわたしも、いまだ木賣さん以上の色好みを知らない。
木賣さんを見てて思うのは
「その男がどんなに残酷であろうとも、残酷であることに引き合うメリットさえあれば、女というものは案外平気でその残酷を許してしまうものなのだ」
ということ。ただ、そのメリットに引き合わない男君が残酷を働くと、
ひどく恨みを負うはめになるのですが。
なんとなく、そんなことを思ったりしました。
木賣さんの存在の仕様にブンガクを思う夜。
危険な男というものは、ふんだんにその香りを撒き散らすのではなく、
周到に教育された洗練の下に、ふとした淫靡を隠し備えているものだ。
イロオトコとは、そういうものでもある。

